Newsletter Volume 34, Number 4, 2019

NEW FACE – NEW POWER

顔写真:中野正隆

転写後調節の窓から見た薬物動態・薬物代謝の世界

金沢大学医薬保健研究域薬学系
中野正隆

 金沢大学医薬保健研究域薬学系の中野正隆です.2017年3月に博士号を取得後,2018年4月に中島美紀教授の主宰する薬物代謝安全性学研究室の助教として着任し,研究を行っています.この度は,このような貴重な執筆の機会をいただき,ニュースレター編集委員の皆様に厚く御礼申し上げます.まだまだ研究者としては駆け出しで何を書こうか迷うところではありますが,薬物動態学会の先生方に名前を憶えていただくチャンスですので,張り切って執筆させていただこうと思います.拙い文章ではありますが,お付き合いいただけますと幸いです.

薬物動態・薬物代謝と出会うまで

 現在,なぜ薬物動態・薬物代謝の分野に身を置くようになったのか.振り返ると,私を導いてくれたいくつかの言葉があったように思います.1つ目は中学生のとき,理科の先生がふと口にした「人の体ってうまいこと出来とるよな」という言葉.当時,その言葉が妙に腹に落ち,それまで特に関心がなかった生物分野に少し興味が芽生えてきました.2つ目は高校生のときに聞いた「医者が生涯で診る患者の数には限りがあるが,画期的な薬を一つ創ることが出来れば限りなく多くの人を救うことが出来る」という言葉で,薬学の世界,特に創薬の世界に大きなロマンを感じ,金沢大学の薬学類・創薬科学類に進学することにしました.入学当時から薬剤師になる気持ちはほぼなく,四年制課程の創薬科学類を選択し,いよいよ研究室配属の時期が迫ってきました.そんな折,薬学の先生方による研究室の紹介があり,ある先生が「生物学は神が作ったものの仕組みを明らかにする学問だが,化学は神が作らなかったものを作る学問だ」とおっしゃいました.この先生は有機化学がご専門なので,化学の面白さを伝えようとしていたと思いますが,私にとっては大切な3つ目の言葉です.この時,生意気にも生命の複雑な謎の一端を明らかにすることで創薬や薬物治療に貢献出来れば幸せだと思い,薬物動態・薬物代謝の世界に大きな魅力を感じました.そして,当時,横井 毅先生(現名古屋大学医学系)が主宰する薬物代謝化学研究室の門を叩くことになりました.

転写後調節の窓

 ここで,これまで私が行ってきた研究について紹介させていただきます.研究室に配属されて与えていただいたテーマは「microRNAによる薬物代謝酵素発現制御」でした.従来の薬物代謝酵素の発現制御解析研究においては,転写レベルにおける制御メカニズムに焦点が当てられてきていました.核内受容体によるシトクロムP450の発現制御はとても有名です.しかし,複数の個人肝サンプルを用いた解析において,mRNA発現量とタンパク質発現量の間に正の相関関係が認められない例も認められることから,転写後調節も薬物代謝酵素の発現に重要であると考えられます.microRNAは22塩基程度の内因性のスモールRNAであり,標的mRNAの主に3’-非翻訳領域(3’-UTR)に部分相補的に結合することでその発現を負に制御する転写後調節因子です.私が配属されるより前から,当研究室によってmicroRNAによる薬物代謝制御の知見は蓄積しつつあり,中島美紀先生の指導のもと,私もその研究に取り組むことになりました.

 最初に取り組んだ研究は「偽遺伝子CYP2A7がmicroRNAによるCYP2A6の発現制御に与える影響」です(Nakano et al., Drug Metabolism and Disposition. 43: 703-712, 2015).CYP2A6は主に肝臓に発現しており,医薬品に加えタバコの主成分であるニコチンの代謝を担いますが,CYP2A6と96.5%の塩基配列の相同性を示すCYP2A7は肝臓に発現しているものの,ヘムを取り込むことができず不活性であるため,偽遺伝子として認識されています.本研究において,microRNAの一種であるmiR-126*がCYP2A6の発現を負に制御すること,そしてCYP2A7 mRNAは「おとり」としてmiR-126*を引き付けることで,このmicroRNAによるCYP2A6発現制御に干渉することを明らかにしました.この研究をまとめた論文は,私が第一著者として執筆した最初のものになりました.2つのジャーナルにリジェクトされたこともあり,Drug Metabolism and Dispositionに受理された時はとても嬉しかったのを覚えています.続いて「microRNAによる遺伝子型依存的なCYP2E1発現制御」に着手しました(Nakano et al., Drug Metabolism and Disposition 43:1450-1457, 2015).本研究では,CYP2E1 3’-UTRに存在する2つの一塩基置換型の変異が連鎖不均衡の関係にあること,これらの変異の有無によってmiR-570のCYP2E1 mRNAへの結合が変化することを明らかにしました.このようにmicroRNAと標的遺伝子の1対1の関係のみに着目するだけでは説明がつかない発現制御の事例を明らかにすることができました.以上2つの研究は,主に博士前期課程までに取り組んだものです.

 研究室配属当初は先生の指示のもと実験するばかりでしたが,博士前期課程の終盤になると徐々に自分でも研究方針を考えられるようになってきたと生意気にも感じていました.経済面での迷いはありましたが,オリジナリティのある研究を展開したいという欲に負け,博士後期課程への進学を決心しました.その際,これまでとは異なる研究テーマに取り組みたいと思い,RNA編集に着目しました.RNA編集とは,転写後にRNAが受ける塩基変換です.RNA編集にはいくつかのタイプが存在しますが,最も頻繁に認められるのはadenosine deaminase acting on RNA (ADAR) によってRNA上のアデノシンがイノシンへ変換されるA-to-I RNA編集です.イノシンはグアノシンと構造が類似しておりシトシンと塩基対を形成することから,アミノ酸配列やスプライシング,microRNAの結合が変化し得ます.A-to-I RNA編集が薬物代謝に影響を与える可能性を考え,「RNA編集による芳香族炭化水素受容体(AhR)の発現制御」について検討し,AhR 3’-UTR上のRNA編集によりmicroRNAの結合性が変化することでAhRタンパク質発現量が変動することを明らかにしました.AhRはCYP1A1やCYP1A2などのP450分子種の発現を制御する転写因子であり,このような下流のP450発現にもRNA編集が影響を与えることが示されました(Nakano et al., Journal of Biological Chemistry 291: 894-903, 2016).続いて「RNA編集によるジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)の発現制御」の解明に取り組み,DHFR 3’-UTR上のRNA編集によってmicroRNAによる認識性が変化することでDHFRタンパク質発現量が変動し,乳がん細胞の増殖やメトトレキサートに対する感受性に影響を与えることを明らかにしました(Nakano et al., Journal of Biological Chemistry 292: 4873-4884, 2017).最近では,上記のCYP1A以外の薬物代謝を担うP450分子種の発現にもRNA編集が影響を与えること(Nozaki et al., Drug Metabolism and Disposition 47: 639-647, 2019),恒常的アンドロスタン受容体(CAR)のスプライシングがRNA編集によって変化すること(Nakano et al., Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics, in press)についても報告しております.

 microRNAやRNA編集といった転写後調節の「窓」から薬物代謝の世界を覗き,これまで見えてなかったものが見えてきました.これらの研究を通して,薬物代謝制御メカニズムに新たな知見を与えただけでなく,セントラルドグマに対する転写後調節の重要性を示すことができたのではないかと思っています.本研究を遂行するにあたり,中島美紀先生に多大なご指導を頂きました.この場を借りて心より感謝申し上げます.

薬物動態学会において

 私が初めて薬物動態学会で発表させていただいたのは,博士前期課程1年の時です.口頭発表で,とても緊張しましたが良い経験になったのを覚えています.それ以降,毎年,薬物動態学会で発表するために,演題提出〆切までにデータを出すことを目標に実験に励んできました.博士後期課程2年の時には第1回学生主催シンポジウムで発表させていただき,同年代の研究者と関わりをもつ機会に恵まれました.彼らの研究発表に刺激を受けただけではなく,シンポジウムを一から立ち上げる行動力にも感銘を受けました.その後の年会では,ありがたいことに何度かベストポスターのファイナリストに選出していただき,多くの先生方と議論を交わす機会をいただきました.様々なバックグラウンドを持っていらっしゃる先生方とのディスカッションは,私にとってかけがえのない財産になっています.そして,年会で企画されるシンポジウムや一般演題から,いつも最新の知識と大きな刺激を頂いています.動態学会を通して成長することができ,皆様には心より感謝しています.

これから

 現職に就任して2年目になり,最近,ようやく私が指導に携わった学生が論文を発表することができました.自身が第一著者で発表できることも嬉しいですが,論文がアクセプトされた時の学生の少し誇らしげな様子を見るのもとても喜ばしいものです.まだまだ,研究者としては未熟で,研究室内では学生と近い目線でともに試行錯誤しながら研究を進めています.これからは,少し開きかけた転写後調節の窓をもっと大きく開けること,そして,まだ固く閉まっている「窓」をこじあけ,薬物動態・薬物代謝の世界に新たな風を吹き込んでいきたいと意気込んでいます.ある折に,玉井郁巳教授(金沢大学薬学系)が「新たな研究を立ち上げようと思ったとき,二つの分野をつなげることが有効」とおっしゃっていました.私は金沢大学薬学系だけではなく,同大学のナノ生命科学研究所にも所属しており,原子間力顕微鏡や超分子化学などの異分野の研究者との共同研究を進めています.このような異分野融合が薬物動態・薬物代謝を覗く窓を開く「鍵」になるかもしれないと期待しています.

最後に

 最後に私が好きな言葉を一つ.「実るほど頭を垂れる稲穂かな」稲が実を付けその重みで実の部分が垂れ下がってくるように,立派に成長した人間ほど謙虚な姿勢であるという本来の意味に加え,研究に取り組むにあたり別の見方で解釈することで自戒に努めようとしています.それは,研究がうまくいっているときほど頭を垂れて足元を見よう,そして自分の手技は大丈夫か,自分の都合のいいように解釈してないか,仮説とは別の可能性があるのではないかと自問自答しよう,ということです.

 これからも薬物動態・薬物代謝が関わる生命現象の一端を明らかにすることで,将来の創薬,薬物療法に貢献できるよう精進し,研究の歩みを進めていきたいと思います.動態学会で皆様と議論を交わせることを楽しみにしております.今後とも何卒よろしくお願い申し上げます.