Newsletter Volume 34, Number 4, 2019

企業で活きる薬物動態の基礎講座(ニュースレター編)

顔写真:大石昌代

いまさら聞けない母集団薬物動態(PPK)解析の基礎
− PPKのすばらしさを実感しよう! −
(4回シリーズ その3)

アステラス製薬 薬物動態研究所システムズ薬理研究室
大石昌代

 前回は,PPK解析の基本原理をご紹介しました.これから2回に分けて,実際の解析事例に沿って具体的なPPK解析の手順や注意点をお話しします.

 Pfizer社でのPPK解析の計画から報告までのフローは,Byon et al.の論文1で公表されています.この論文はPfizer社内のガイダンスの内容に基づいていていますが,一般的なPPK解析の手順や注意点を網羅していると思います.今回はこの論文の流れを追いながら私が実際に承認申請のために解析をおこなった事例2をお示ししていきます.なお,PPK解析の手順については,NONMEMの基本操作やアウトプットの読み方など,より詳細な手順まで網羅した和書3も出版されていますので,さらに具体的な詳細を確認されたい場合にはご参照ください.

 一般的なPPK解析の進め方は以下の通りです.

  1. 解析計画の策定とデータセットの作成
  2. ベースモデルの構築
  3. 共変量モデルの構築
  4. 最終モデルの妥当性および予測性の確認

 今回は,解析計画の策定とデータセットの作成と,ベースモデルの構築についてご紹介します.

解析計画の策定とデータセットの作成

 前回,NONMEMを使えば,PKモデルの選択と簡潔な共変量や個体間,個体内変動の記述があれば,データセットを用意して初期値を与えれば解析が開始できると書きました.しかし,実際の解析,特に承認申請を目的とする解析では,解析を始める前に解析計画の作成が必要になります.解析計画には以下のような内容が含まれます.

  • 解析の目的
  • 解析に含める試験
  • これまでに分かっている情報の要約[対象化合物のPK特性,すでに別途PPK解析が実施されている場合その概略,共変量選択にかかわる情報(腎肝機能の影響,薬物相互作用を評価した臨床薬理試験の結果等)]
  • 定量下限未満値の取り扱い,外れ値の評価方法
  • 共変量モデルの検討方法[Stepwise Covariate Modeling (SCM),Full Model Estimation(FME)の選択(手法の詳細はその4で説明)]

 解析計画を事前に作成しておくことの必要性は,解析の妥当性が使用したデータへの当てはまりで判断されるというEmpirical Approachの性質に関係しています.上記の内容を事前に規定しておかないと,解析を進めながら解析者が導きたい結論に都合のよいデータや解析手法を選択できてしまう可能性があります.よって,特に承認申請を目的とするような解析では,解析前に使用するデータや前提をはっきりさせて,文書化しておく必要があります.

 もう1つ,解析開始前に必要なアクションはデータセットの作成です.PPK解析のデータセットは,血漿中濃度や投与・採血時間に加え,体重や年齢といった患者背景など,多岐にわたる情報の複合体です(図1).よって,図1に示すように治験データベースや,血漿中濃度の分析結果データセットなど,異なるソースからの情報を適切に統合し,さらに解析ソフトの入力規定に応じた新しい変数を設定する必要もあります[例:定常状態を指定するための変数を設定する(図1ではNONMEM解析用にSSという変数を新たに作成し1を入力)].また,臨床開発で実施するPPK解析では,多くの場合実施時期の異なる複数の試験を合わせて解析するため,試験間の整合性をとる必要もあります(例:性別などの背景情報について試験ごとに異なるコーディングルールが使用されているため再コーディングが必要になる).これは通常かなりの労力と時間を要するプロセスであり,数か月かかることもあります.しかし,PPK解析はData Drivenな解析手法であるEmpirical Approachであるため,まさにデータは命なので,ここでしっかりしたデータセットを作成しておくことが重要です.

PPK解析用のデータセットの外観を説明している図.「実際の服薬状況(日時)は治験開始時に症例報告書に入れておく必要がある」とし,データセットの例として,被験者識別情報,服薬・採血日時,投与量,定常状態(SS):1,投与間隔(Ⅱ),被験者背景,腎機能などの項目が挙げられる(図上部).定常状態と投与間隔は投与状況に応じて個別に設定するとし,腎機能は被験者背景から別途算出する.データセットは,治験データベース(投薬記録,被験者背景情報,臨床検査値等)や,分析報告書(血漿中濃度)から得られた情報を適切に統合することで作成する.また「治験開始前の症例報告書のデザインにかかわるのも大事な仕事」「解析の時にないことに気づいても取り直せません…」とある(図下部).
図1 NONMEMでのPPK解析用のデータセットの概観

本稿で紹介する実際の解析事例2では,解析目的はフェソテロジンの活性代謝物について,「患者情報を含めた臨床試験で得られたデータからPKに影響を及ぼす要因を組み込んだモデル(共変量モデル)を構築し,そのモデルを用いて日本人と外国人のPKを比較すること」でした.解析計画時点で得られていた臨床薬理試験の結果から,CYP2D6の遺伝子型やCYP3A4阻害薬・誘導薬の併用,腎機能低下などが曝露量に影響を与えることが確認されていたため,これらの影響を検討した臨床薬理試験データも含めてPPK解析を行うこととしました.解析には健康成人または患者を対象とした臨床試験13試験から被験者1,546例10,922点の血漿中濃度データを使用し,PKパラメータへの影響を検討した要因(共変量)は,年齢,性別,体重,腎・肝機能,併用薬(CYP3A4阻害薬・誘導薬併用の有無),人種・民族(欧米人,アジア人[日本人,韓国人,その他アジア人]),CYP2D6の遺伝子型でした.

ベースモデルの構築

 データセットが完成したら,いよいよ解析を開始します.最初のステップは,共変量を何も入れない,PKモデルと個体間,個体内変動だけで構成されるベースモデルの構築です.前回(その2)の式3と式4に該当します.

 PKモデルは,事前に得られている情報や,実際に解析に用いるデータへの当てはまりなどを考慮して適切なコンパートメントモデルを選択していきます.

 個体間変動を表すモデルは,通常解析計画時に規定しておきます.クリアランスや分布容積の生理学的背景からも対数正規分布を取ると仮定するのが妥当であると考えられ,また負の値をとらないという特性も踏まえ,指数誤差モデルを設定することが一般的です.

 個体内変動については,フェソテロジンの場合,測定濃度のばらつきは一般的に比例誤差に従うと考えられることから,まず比例誤差を設定しました.定量下限に近いデータが多い場合などは,それに加えて絶対誤差を考慮した混合誤差を設定した方が,モデルが安定する場合があります.実際には,ベースモデル構築時にモデルの安定性や個体内変動の収束値などを見ながら調整,選択していくことが多いと思います.フェソテロジンの場合も最終的には比例誤差と混合誤差の両方を含む混合誤差モデルを採用しました.

 ベースモデルが適切に構築されたかどうかの評価は,構築されたモデルでの予測値と実測値の比較や,幅広い時間,濃度範囲で予測に偏りがないかを確認する診断プロットを用いて行います.PPK解析は“得られたデータの特徴をモデルと統計的な手法を用いて抽出,定量化する手法”であるため,選択したモデルでデータの特徴を適切に抽出,表現できているかということを常に確認することが重要です.診断プロットの詳細についてはその4の最終モデルの項で触れる予定です.

 実際の解析事例では,臨床薬理試験で得られていた経時的な血漿中濃度推移は2-コンパートメントモデルで最も適切に記述されることが事前にわかっていましたが,患者さんを対象とした臨床第2相や第3相試験で得られた,各被験者数点のみのデータを合わせたデータセットでは,2-コンパートメントモデルではうまく収束しませんでした.様々な角度から検討を行った結果,最終的に1-コンパートメントモデルを選択し,それで十分データを記述できることを診断プロットで確認しました.

 このように,PPK解析で選択されるコンパートメントモデルは,必ずしも経時的に密に採取した血漿中濃度推移データから選択されるモデルと一致するとは限りません.解析に含めるデータが持っている情報量によっても適切なモデルは変わります.重要なことは“得られたデータを最も適切に記述するモデルを構築する”ことですので,解析に用いるデータの情報量,モデルの安定性や診断プロット,解析の目的などを総合的に判断して選択していくことになります.もちろん,そのことによる解析結果の解釈の限界も認識しておく必要があります.

今回のまとめ

 今回のポイントは以下になります.

  • 解析の妥当性が使用したデータへの当てはまりで判断されるというEmpirical Approachの特性を踏まえ,解析開始前に使用するデータ,解析の目的や前提,データの取り扱いなどを規定し,適切なデータセットを作成することが重要である.
  • ベースモデルのPKモデルは,“得られたデータを最も適切に記述するモデルを構築する”ことを念頭に,解析に用いるデータの情報量やモデルの安定性,診断プロットの結果,解析の目的などを総合的に判断して選択する.
  • 個体間変動は,PKパラメータの性質より指数誤差モデルを設定することが一般的である.
  • 個体内変動は,測定濃度のばらつきが一般的に比例誤差や対数誤差で表されることを考慮して設定されることが多い.さらにモデルの安定性などを勘案して必要に応じてさらに絶対誤差を考慮した混合誤差も検討される.

 次回は,今回ご紹介したプロセスに続く,共変量モデルの構築と,最終モデルの妥当性および予測性の確認についてご紹介します.

 なお5月よりアステラス製薬薬物動態研究所システムズ薬理研究室に勤務することとなりました.末筆になりましたがご報告させていただきます.この連載もあと1回となりましたが引き続きよろしくお願いいたします.