Newsletter Volume 36, Number 1, 2021

受賞者からのコメント

顔写真:道場一祥

優秀口頭発表賞を受賞して

東京大学大学院薬学系研究科分子薬物動態学教室
道場一祥

 この度,日本薬物動態学会第35回年会において,「Ussing chamber 法による摘出ヒト消化管検体を⽤いた薬物の消化管輸送特性の解析」という演題にて,優秀口頭発表賞という栄誉ある賞を授かり,大変光栄に思っております.ご審査いただきました選考委員の先生方および日本薬物動態学会関係者の皆様に心より御礼申し上げます.楽しみにしていたハワイでの学会は中止になってしまいましたが,新型コロナウイルス感染症の収束が見えない中で新しい学会の形を模索し,オンライン形式で発表の機会を設けていただきましたことに,改めて感謝申し上げます.

 経口投与薬を効率よく開発するためには,前臨床段階で開発候補化合物のヒト生体における消化管吸収動態を正確に予測することが重要です.しかしながら,既存の評価系であるCaco-2細胞など不死化細胞の単層膜を介した経細胞輸送試験やラット,イヌ,サルなど実験動物を用いた経口投与試験では,トランスポーター・薬物代謝酵素の発現量の乖離や種差が予測の障壁となっています.そこで我々は,ヒト消化管組織サンプルを有効活用することができれば,トランスポーター・薬物代謝酵素の基質薬物のヒト消化管吸収率の高精度な予測が可能となると着想し,外科手術時に治療の必要上切除・廃棄されるヒト消化管組織を継続的に入手し,研究のリソースとして利活用する体制を構築しました.

 本研究では,「手術残余の摘出ヒト新鮮消化管組織を活用して,トランスポーターおよび代謝酵素が関与する薬物の消化管吸収性をより精緻に予測できる定量的評価系を構築し,その有用性を検証すること」を目的として,検討を進めてきました.これまでの検討では,Ussing chamber法という薬物の透過性を評価できる実験系を用いて,主にトランスポーターに着目した解析を実施し,1) 消化管の主要な取り込み・排出トランスポーターの輸送活性が摘出ヒト消化管組織において維持されていること,2) トランスポーター基質薬物を含む薬物群について,摘出ヒト消化管組織を介した吸収方向の透過性と文献から得られたヒト消化管吸収率が良好に相関することを実証しました (Michiba K. et al. Drug Metab Dispos, 49, 84 (2021)).

 今後は,摘出ヒト消化管組織を用いたUssing chamber法がより一般的なケースでの消化管吸収性の予測に利用可能かを検証すべく,対象とするトランスポーター・薬物代謝酵素の分子種や化合物種の幅を拡張した予測性の検証を実施していく予定です.本実験系は,消化管吸収を制御する分子全体を包含していると考えられるヒト組織を活用したものであるため,低分子薬物のみならず,中分子薬物など新しい創薬モダリティやDDS製剤の吸収予測,さらには薬物相互作用や遺伝子多型など薬物吸収に関わる分子の機能変動時の検証ツールとして利用されることを期待しています.加えて,消化管組織から単離した消化管上皮幹細胞の三次元培養技術(スフェロイド,オルガノイド)を活用した薬物の吸収性評価のための細胞系の構築にも現在取り組んでおり,消化管組織におけるトランスポーター・薬物代謝酵素の発現/機能と比較しながら,実験系の最適化を行っていく予定です.

 コロナ禍により様々な制約がある中ではありますが,できることや伸ばせる力はたくさんあると考えていますので,今回の賞を励みとしてより一層研究活動に邁進していく所存です.ぜひ今後の研究成果のアップデートにも期待していただければ幸いです.

 最後になりましたが,本研究の遂行に際してご指導いただいた楠原洋之教授,前田和哉准教授,林 久允助教,水野忠快助教,学生の皆様に深謝いたします.また,消化管組織を研究用にご供与くださいました患者の皆様方,ヒト消化管組織の供与に多大なるご尽力を賜りました筑波大学医学医療系消化器外科の小田竜也教授,下村 治講師,榎本剛史教授,栗盛 洸先生,筑波大学附属病院つくばヒト組織バイオバンクセンターの西山博之先生,竹内朋代先生,エイチ・エー・ビー研究機構の深尾立理事長,鈴木 聡先生,多くの医療スタッフの先生方に深く御礼申し上げます.